真っ暗な闇の中、「美空ひばり」が目の前にいる。
新曲「あれから」を唄う。(作詞:秋元 康 作曲:佐藤嘉風)
この世を去って30年経って新曲をお披露目する。この展覧会の入口の特設シアターで見ることができる。
昨年末のNHKの紅白歌合戦で 身内や関係者そしてファンも、舞台上に現れた「彼女」に涙した。放映後、批判も含め反響は 大きかったようだ。かの山下達郎が「冒涜」と言ったのも記憶に新しい。
この「美空ひばり」は、AIと3Dの超精細映像の技術を使ってNHKが主導するプロジェクトチームが合成した。生前の声の膨大なデータをディープ・ラーニングを使ってAIが音声として再現し、それを精緻な映像として集約させたものである。近くで見ると口の動き、表情はややぎこちなさは残るが、いわばNHKが創った、限りなく本物の声に近い声をもつ幻影だ。
技術が一層進歩し、限りなく本物に近い「彼女」ができたらどうだろう?
少なくとも私は、本物に近づけば近づくほど、結局、本物でないことに気づかせられるのだと思う。《でも彼女は決して此処にはいない》という非存在の意識だ。
しかしながら、人はそれが《非存在》な《まがい物》だとわかっていても涙する、そんな曖昧さも人間の一つの認知のあり様なのかも知れない。
もしかしたら あの世はこの世とは存在の様子も違うかも知れないから、それが本物の「彼女」であろうと勝手に思い込むこともできるであろうし、もともと想い出の中や夢想の中の「彼女」は、結局自ら勝手につくりあげた偶像に過ぎないわけで、それくらい曖昧なものであっても感情移入できるのだともいえよう。
もし目の前の「彼女」が、二十数年前に亡くなった私の「母」だとすると、私は再会できた感動で泣き伏すのかもしれない。そしてその「AI母」の音声に一つ一つ応答するのか知れないとも思えるのだ。本当の母ではないとわかりながらも。
展覧会では、AI、バイオ技術、ロボット工学、ARなどのテクノロジーの20〜30年以降の将来像を提示し、アートやデザイン、建築からも人間とテクノロジーの共存のあり方や哲学を発信する。
展覧会の終わりのセクション「変容する社会と人間」に「末期医療ロボット」(2018年 ダン・k・チェンの映像作品)がある。孤独な末期患者が息をひきとるまで患者の腕を優しくさすり続けるアームロボットである。
下記は主催者のキャプションを引用
「この、白く無機質なパーツで構成されたロボットは、一言で言えばマッサージ機ですが、人間の死を看取るためのものです。死期が迫った患者は、病室のベッドの上でこのロボットに腕をさすられ、『ご家族・友人が来られず残念ですが、快適な死をお迎えください』と慰められながら、一人きりで他界するという設定です。末期医療という重い主題が、ユーモアを交えて扱われています。近い将来、このような看取りロボットが実用化される可能性は否定できません。果たして一人で苦しむよりロボットに痛みを和らげてもらいながら死ぬことを選ぶ時代は来るのでしょうか?」
森美術館 2020年2月
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