渋谷駅。井の頭線からJRに向かうマークシティの中を貫く通路にそのデッカい壁画はある。
〈明日の神話〉
縦5.5m横30mにおよぶ世界でも類をみないスケールだ。
1970年の大阪万博で「太陽の塔」を制作した有名な岡本太郎氏の作品である。「芸術は爆発だ!」とカッと目を開いて迫るあの姿は今でも記憶に留まる。
3月のある朝、忙しそうに足早に乗り換える人々が川の水のように滔々と流れる。手元のスマホを目で追うが、そのパブリックアートを見上げたり、立ち止まって観る人はほとんど見られなかった。
この壁画は、メキシコシティのホテルの依頼で製作されたもので、「太陽の塔」の製作と時期を重ねて描かれた。その後このホテルは倒産し、この壁画はメキシコシティの郊外の資材置き場で梱包された状態で放置されていた。
そして太郎氏の没後7年経った2007年、長年のパートナーである故•岡本敏子さんの執念が実り、30年ぶりの奇跡的な出会いに至る。その後、敏子さんを中心として傷みの酷いこの壁画修復のプロジェクトが始まり、募金活動や篤志家の寄付に支えられ、発見から3年後の2006年に完了、2008年渋谷に恒久設置されることが決まった。
1945年8月 広島、長崎に原爆が投下された。翌年からアメリカとソ連をの核兵器開発競争はさらに激化する。そして1954年3月1日から始めたアメリカの一連の水爆実験(キャッスル作戦)の初回、マーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆ブラボーの実験によりマグロ漁船の第五福竜丸が被爆する。広島、長崎に続く第三の原水爆被災となる。
岡本太郎氏はこの翌年の1955年に〈燃える人〉を描き、原水爆の破壊を表現する。この絵の左下に船とマグロが描かれている。
そして〈明日の神話〉では同じようなモチーフを右下に映しこんでいる。
「太陽の塔」は3つのエネルギー体を表すという。「現在」「未来」そして裏側にある黒い太陽のような画は「過去」を表すという。 太陽が自然が産む万物のエネルギーの源であるとすれば、同じ核融合によって人工的に生み出されるエネルギーが原爆や水爆だ。そしてそれは、自然を壊し、地球をもう死滅させる負のエネルギーとなる。岡本太郎は必死に真実の太陽と偽りの太陽を相対化して見せたのかも知れない。
今年の2月26日 故•岡本太郎氏生誕110年を迎えた。
3月1日は第五福竜丸が被災した。
そして今年3月7日、被災した乗組員で、50才になってから核廃絶を訴える活動を続けた大石又七さんが87才で亡くなった。
3月11日 フクシマがやられた。
‥‥季節が繋がっている。
『明日の神話』によせて 岡本敏子のメッセージ
(岡本太郎美術館のHPより)
『明日の神話』は原爆の炸裂する瞬間を描いた、岡本太郎の最大、最高の傑作である。
猛烈な破壊力を持つ凶悪なきのこ雲はむくむくと増殖し、その下で骸骨が燃えあがっている。悲惨な残酷な瞬間。
逃げまどう無辜の生きものたち。虫も魚も動物も、わらわらと画面の外に逃げ出そうと、健気に力をふりしぼっている。第五福竜丸は何も知らずに、死の灰を浴びながら鮪を引っ張っている。
中心に燃えあがる骸骨の背後にも、シルエットになって、亡者の行列が小さな炎を噴きあげながら無限に続いてゆく。その上に更に襲いかかる凶々しい黒い雲。
悲劇の世界だ。
だがこれはいわゆる原爆図のように、ただ惨めな、酷い、被害者の絵ではない。
燃えあがる骸骨の、何という美しさ、高貴さ。巨大画面を圧してひろがる炎の舞の、優美とさえ言いたくなる鮮烈な赤。
にょきにょき増殖してゆくきのこ雲も、末端の方は生まれたばかりの赤ちゃんだから、無邪気な顔で、びっくりしたように下界を見つめている。
外に向かって激しく放射する構図。強烈な原色。画面全体が哄笑している。悲劇に負けていない。
あの凶々しい破壊の力が炸裂した瞬間に、それと拮抗する激しさ、力強さで人間の誇り、純粋な憤りが燃えあがる。
タイトル『明日の神話』は象徴的だ。
その瞬間は、死と、破壊と、不毛だけをまき散らしたのではない。残酷な悲劇を内包しながら、その瞬間、誇らかに『明日の神話』が生まれるのだ。
岡本太郎はそう信じた。この絵は彼の痛切なメッセージだ。絵でなければ表現できない、伝えられない、純一・透明な叫びだ。
この純粋さ。リリカルと言いたいほど切々と激しい。
二十一世紀は行方の見えない不安定な時代だ。テロ、報復、果てしない殺戮、核拡散、ウィルスは不気味にひろがり、地球は回復不能な破滅の道につき進んでいるように見える。こういう時代に、この絵が発するメッセージは強く、鋭い。
負けないぞ。絵全体が高らかに哄笑し、誇り高く炸裂している。
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