浅草公会堂で立川談春を聴いた。
談春の唯一の弟子、それも落語界では珍しい女性噺家の「立川こはる」がその日、令和5年5月5日(ゴーゴーゴー)付で小春志(こしゅんじ)と名を改めて真打昇進となった。立川流では初の女性真打の誕生だ。この小春氏、国立の東京農工大大学院まで進んだ後この仕事に転身した変わり種だ。立川流は修行がきついのは師匠の「赤めだか」にさんざんある。ここまでの道のりはさぞや涙涙の物語かも知れない。十月に盛大に行う正式な襲名披露の前の予行演習と洒落て師弟の共演となった。
小春志の「蒟蒻問答」に続く談春の演目は「子別れ」。弟子といえば我が子も同然。特別な想いで選んだか、果てまたシャレか、いずれにせよお二人とも緊張で落ち着かない感じだ。談春は娘の晴れ姿に照れながらもまるで心配性の婆やのように思えたのは僕だけか(笑)
中入りをはさんで二席続く人情噺の大ネタであるこの「子別れ」。飲んだくれで女郎屋通いのろくでなし、いや人でなしの亭主はとうとう女房と子供を追い出してしまう。
それにしても、どうしてこう酷い輩ばかり登場させるか。人情噺にろくでなしはつきものだ。腕は確かな職人だが、仕事はしねぇし、飲む打つ買うの三拍子、おまけに辛抱強い女房がたまに真っ当な文句を言おうものなら逆上して殴るは蹴るは…、はては「出てけー」と。あらゆるハラスメントやDVが盛り込んである。目も当てられない、いや耳も当てられないか。「芝浜」「文七元結」も然りである。この手の古典落語、これを女性の噺家がやれるのか、いや古典落語自体どんどん時代と離れていく将来、落語はどうなるのか。
この人でなし、悪魔の末はいかに。そりゃあ家族が幸せにならなきゃ浮かばれねぇや。辛くて聞いていられやしねぇよ。
(おやおや書いているうちに熊さんはっつぁんの口調になってきたよ ご隠居)
また泣かせられちまった。
どんどん惹きつけられていく。思わずそこにいる熊五郎をこっちへ連れ出して説教してやろうと思う。隙を狙って女房子どもを連れ出して匿ってやろうと思うが、おっとあぶねえ、ここは2階席の一番前だったぞ。落っこったら大変だ。
だから落語は凄い。嫌悪や憎悪も「涙」と「笑」に変えてしまう。そしてまた一日が終わる。
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