方形の水盤を起点として欅の並木の間を真っ直ぐに進み、小川を越えて、グィッと昇り、海へ一直線に進む
祈りの場への動線に迷いがない
余分な修飾をそぎ落とし、大きな自然と対話する海を望む場である
2011年3月に発災した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の後、被害が大きかった岩手、宮城、福島の三県三陸地域には、鎮魂と記憶の継承を旨として国営復興祈念公園が設置されることになった。
その中で特に行きたい、いや行かねばならない衝動に駆られたのが岩手県の〈高田松原津波復興祈念公園 国営追悼・祈念施設〉だった。
津波で〈名勝高田松原〉の美しく広がる白砂青松の松原が壊滅した。7万本の松のうちたった一本が「奇跡の一本松」として残り、メディアにシンボリックに取り上げられた。
設計者の内藤廣氏は「贖罪」と語った。行政主導の、形式的で無難な、時代感覚に乏しいさまざまなお役所仕事的復興計画を横目でみて、建築家として忸怩たる思いが溜まっていったに違いない。そしてようやくこの地で表現した。
震災遺構を包み込む「大きな包摂線」によって〈街と防潮堤が和解〉し、追悼エリアを包む「小さな包摂線」で〈過去への祈りと未来への願いが和解〉する。それらは飛行機の形で例えると主翼と水平尾翼である。これらに対する飛行機本体方向の「祈りの軸」は〈人と自然が和解する気持ちに寄り添〉って広田湾の中心に向かっていく。防潮堤の上に「海を望む場」を作ること自体、その機能と目的は相反する。しかし設計者内藤氏にとっては譲ることができない。防潮堤は、土木工学の知恵と技術の粋を集中させて、人間を襲った自然に復讐を誓う構造物といえる。しかしそこに住む人からは海を眺めることはできなくなる。海が見えなくなるのだ。それは現実的にも比喩的にでもである。
人と自然はかくも分断される。しかしそれを避けなければ、この陸前高田はアイデンティティを喪失する……。
海を望む場まで歩いて行く道程で、亡くなった方々、遺された方々を想って祈り、そして大自然に対する敬虔な念が昂じていく。心の浄化作用が高まる。
海に祈る
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