統合失調症、以前は精神分裂症と言った。(2002年ノーマライゼーションの立場から、人格を否定するような以前の病名は変更された)
この映画、その病気を自然に疑似体験している不思議な感覚にさせる。健常者も夢や妄想をはじめとして既視体験(deja vu)、そして空耳という幻聴など、様々に現実とは異なる感覚世界を行き来することがある。いわゆる現実と非現実の世界は、かくも曖昧なわけだが、もちろんそれが社会生活上支障になったりすると病気となるわけだ。自然な疑似体験と書いたが、もちろん様々な仕掛けを織り込んで、サスペンスやどんでん返しありの上等な娯楽活劇になっている。そもそも妄想や幻覚には際限がないわけだから、非現実を虚々実々に描くことができるのも映画の真骨頂だ。
1994年、将来を嘱望される若き謎の天才数学者ジョン・ナッシュの名門プリンストン大学大学院時代、人付き合いが苦手、ブツブツ呟きながら窓に思いついた数式を展開する、少しオカシイ奴だ。授業に出ると思考のオリジナリティーが失われるといって、日々勝手に思索に耽ける。
「すべてを支配する真理を見出したい」とナッシュは言う。
天才と狂人は紙一重である。
私の学生時代をふりかえっても、こういうアスペルガー的なやや奇矯な輩は、少なからずキャンパスに存在していた。理学系や哲学系に多く、皆「愛すべき人間」だったと思う。
すべてを支配する真理 ー この映画では、女の子たちと合コンで、仲間の誰が、どのギャルに声をかけるか‥‥、そんな俗的で不純なモチベーションから数学的発見が生まれる。(笑)
近代経済学の父アダムスミスは
「最良の結果は、グループ全員が自分の利益を追求して追求して得られる」
= (みんながピカ一のブロンドの女の子に声をかけると、一人以外は幸せにはなれない)
ナッシュは「最良の結果は、全員が自分とグループ全員の利益を求めると得られる。」
=(みんながピカ一のブロンドの女の子を諦めると、それぞれのパートナーが得られ、皆んなが幸せになる。)
150年の理論をくつがえす法則《ゲーム理論》の誕生の瞬間だ。これは、経済、外交、軍事など、社会のあらゆる場面で適用される広汎かつ普遍な理論である。 この理論の論文によって指導教授に推薦され、M.I.Tに付属する軍事諜報機関のウィーラー研究所で働く栄誉を得る。限られた英才しか採用されないのである。時あたかも共産主義のソ連との冷戦時代の幕開けである。そしてこれ以後、生涯の伴侶となる妻アリシアと出会うのもこの頃である。
後年《ゲーム理論》に関する功績により、後年ナッシュはノーベル経済学賞を受賞する
* * * * * * * *
映画の後半は、壮絶な闘病生活である。彼の純朴な心を愛する妻アリシアだが、彼の心は悪魔に支配される。自らボロボロになりながらもそんな彼をずっと支える妻がいる。
精神的な病は、治癒ではなく、寛解という言葉を使うと聞いたことがある。治ったのではなく、病気とともに生きるナッシュがそこにいる。非現実の世界はすぐそこにあるが、現実との境界線が分かっている年老いたナッシュがいるのだ。プリンストン大学の図書館で数人の生徒と楽しそうに議論している。その屈託のない笑顔は、長い闘病のトンネルを通った自然体の彼だ。彼にノーベル賞受賞の知らせが入る。
感動的な2つの儀式がある。一つは、教授たちが敬意を込めて、一人一人、彼ら自身の万年筆をナッシュの前に置いていくシーン、そしてもう一つは、ノーベル賞授賞式のスピーチの場面である。支え続けてくれた妻がいたから、この晴れ舞台に立つ奇跡が起きたということだ。
彼のスピーチだ。(映画の中だけのようだが)
(前略)
「答えを追って私は理学的または哲学的世界を旅し」
「幻覚にも迷い 戻りました」
「そしてついに学んだのです」
「人生で一番重要なことを」
「謎に満ちた愛の方程式の中に”理”は存在するのです。」
「今夜 私があるのは 君のおかげだ。」
「君がいて私がある ありがとう。」
この映画の「ビューティフルマインド」という題(原題 A beautiful mind)がピンとこないが、この映画の限りでは、おそらく純粋な心によって病んだ心が浄化されていくことを表しているのだと思っている。
とにかくラッセルクロウのズッシリした演技が素晴らしかった。
参考 【囚人のジレンマ】
《ゲーム理論》における重要な概念の例えの一つ。二人の容疑者が別室で尋問され、一方が自白し、もう一方が黙秘の場合、前者は釈放、後者は10年の懲役となり、二人とも黙秘の場合は懲役1年、二人とも自白の場合は懲役5年となるとする。この条件のもとで二人が最大の利益を得るためには二人とも黙秘することだが、相手の裏切りを恐れて結果的にどちらも自白するというジレンマが生じる。個人が自らの利益のみを追求している限り、必ずしも全体の合理的な選択に結びつくわけではないことを示している。
【ちょっとエピソード】
エンドクレジットで、協力企業の一つにG.H.Bassとあった。1960年代日本で流行したアメリカ東海岸の名門私立大学(アイビーリーグ)の学生スタイルをファッションに取り入れたモードだ。私の青春時代もこのアイビールックは根強く残り、コインローファーといっていたこのBassのローファーは、アイビー少年たちの憧れの靴であった。蔦の絡まる歴史ある名門大学プリンストンはまさに日本のアイビーファンの聖地 のイメージだ。
2001年/アメリカ/英語/原題:A BEAUTIFUL MIND
監督:ロン・ハワード
出演: ラッセルクロウ , ジェニファー・コネリー , エド・ハリス ,クリストファー・プラマー
アカデミー賞 作品賞、監督賞、助演女優賞、脚本賞
ゴールデングローブ賞 作品賞 脚本賞 主演男優賞 主演女優賞
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